第三回研究会について
第三回研究会が開催されました。
日時 2016年4月27日(水)
午後12時~午後13時20分
場所 人社研研究棟4階・共同研究室1
報告者 皆川宏之先生(法政策実証班)
報告テーマ「合理と不合理の間-日本の非正規雇用法制を考える」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
リーディング研究育成プログラム「未来型公正社会研究」第三回研究会
2016年4月27日に未来型公正社会研究第三回研究会を開催いたしました。今回は、「合理と不合理の間-日本の非正規雇用法制を考える」というテーマで、法政策実証班所属の法政経学部教授である皆川宏之氏が報告を行いました。
皆川氏の報告は、公正な社会のあり方を検討していく題材として、近年の日本でも議論の対象となっている正規雇用と非正規雇用の間の労働条件格差の是正を取り上げるものでした。具体的には、日本における雇用の現状を概観した上で、諸外国をモデルに非正規雇用に対する法規制のアプローチを類型化して整理し、日本での労働条件格差是正を指向する法制における「合理」と「不合理」をめぐる解釈に関する視座を提供しました。
今回の皆川氏の報告では、まず、日本では特に1990年代後半以降、正規雇用が減少し、非正規雇用が顕著に増加していること、正規雇用と非正規雇用の間では年齢別の賃金カーブならびに各種手当の支給状況に大きな差があること、非正規雇用に比べ正規雇用の賃金が高い理由は職場における責任の重さや中長期的な役割に関する期待が異なるからであることが各種の統計データから確認されました。次に、非正規雇用に対する法規制アプローチの在り方は、大きくアメリカ型とEU型の2種類に分類されることが提示されました。随意雇用原則を基本とするアメリカでは、正規・非正規の雇用形態に着目した差別禁止法制が特に存在しないのに対し、 EUでは典型雇用(無期、フルタイム、直接雇用)に対し非典型の雇用形態を理由とする不利益取扱いを禁ずる指令が出され、各国で国内法化されていることが述べられました。
これを受けて、皆川氏からは、日本での非正規雇用に対する法規制アプローチは、近年、アメリカ型からEU型へ徐々に移行しているという指摘がなされました。日本の場合、以前は雇用形態に基づく差別を禁止する法規定が存在しませんでしたが、しかし、非正規雇用の増加に伴って法整備が徐々に進展し、1993年に制定されたパートタイム労働法は、当初、パート労働者の処遇改善を事業主の努力義務としていましたが、 2007年の改正時で通常の労働者と同視すべきパート労働者に対する差別的取扱いを禁止する規定、2014年の改正で全てのパート労働者に対する「不合理」な待遇の相違を禁止する規定が設けられました。また、2012年には労働契約法の改正により、有期契約労働者についても、無期契約労働者との間の「不合理」な労働条件の相違を禁止する規定が設けられています。すなわち、パート労働者や有期の契約社員と正社員との待遇の違いは、職務内容、人材活用の仕組み・運用を考慮したうえで「不合理」と判断されるものであってはならないとされたのです。
こうした法規制アプローチへの解釈をめぐっては、(1)「合理的」な労働条件の差異とは何か、(2)「不合理」な労働条件の差異とは何かが論点となります。EUの場合は、労働条件の差異が「客観的」な理由によるか否かの2分法となるのに対し、日本の法制をめぐる議論では、労働条件の相違が①「合理的」である場合、②「合理的」とはいえないが「不合理」であるとまではいえない場合、③「不合理」と認められる場合の3分法がみられるところに特徴があるとされます。皆川氏によれば、この中間的な②は、日本における正社員の雇用慣行に基づく非正規雇用との労働条件格差を正当化するか、あるいは是正しようとするところに現れるものと整理されます。
以上、皆川氏の報告では、日本において雇用形態による労働条件格差の是正に向けた法規制には一定程度の進展が見られるが、その具体的な解釈の適用については未だ判断基準の形成途中にあることが明らかになりました。特に「不合理と認められるものであってはならない」という文言の解釈をめぐっては、「合理」と「不合理」の二分法には収まりきらない範疇が存在する様子がみてとれました。
皆川氏の報告終了後、ヨーロッパの判断基準である「客観的」と日本が用いる「合理的」の意味の違いは何であるのか、なぜヨーロッパと日本では異なる表現を用いるのか、「不合理」を立証する主体は誰であるのかという点をはじめ、参加者からさまざまな質疑がなされ、活発な議論がなされました。
次回、未来型公正社会研究第四回研究会は、酒井啓子氏、水島治郎氏、中村千尋氏、三宅芳夫氏を評者に「『排除と抵抗の郊外』(森千賀子著)を読む」をテーマに2016年6月8日(水)16時30分より法政経学部第一会議室にて実施予定です。