公正社会研究会

千葉大学リーディング研究育成プログラム 未来型公正社会研究

第四回研究会について

第四回公正社会研究会が開催されました。

 

日時 2016年6月8日(水)

   午後15時45分~18時

場所 法政経学部棟 第1会議室

報告者 法政経学部 教授  酒井啓子

          准教授 三宅芳夫氏

          准教授 中村千尋

          教授  水島治郎氏

報告テーマ 「ヨーロッパの『移民』問題から学ぶ:森千香子著『排除と抵抗の郊外』       を題材に」

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 2016年6月8日に未来型公正社会研究・第四回研究会を科研費(基盤A)「宗教の政治化と政治の宗教化」(研究代表者:酒井啓子千葉大学教授)と共催いたしました。今回は「ヨーロッパの『移民』問題から学ぶ:森千香子著『排除と抵抗の郊外』を題材に」というテーマで、法政経学部教授である酒井啓子氏、准教授である三宅芳夫氏、中村千尋氏、法政策実証班所属で法政経学部教授である水島治郎氏の4名が報告を行いました。

 始めに酒井氏より2016年2月に森千香子氏が出版した『排除と抵抗の郊外-フランス<移民>集住地域の形成と変容』というパリ郊外のオベールヴィリエ市における移民社会を取り扱った本書には、移民問題の枠を超えた広い含意があるので、本日の研究会では関連する分野を研究してきた4名による感想の共有と批判的考察を行いたいという趣旨説明がありました。 

 酒井氏の報告では、まず本書の主張はフランス生まれの移民2世を「移民」という名称で括ることに最大の問題であり、「移動してきた人」という側面を強調するあまり当事者が経験する困難を当事者自身に探ってしまうリスクを高めている、原因はフランス社会に根差す差別意識や排除の構造にあるはずだということが紹介されました。その上で本書の目的はこれまで「移民の統合問題」として扱われてきた問題を「エスニック・マイノリティへの差別・排除、その背後にあるレイシズム」の観点から再検討することにあることが述べられました。本書では都市と郊外の格差問題は労働者階級の問題だという主張は、フランスでは従来は左派が行ってきたけれども、そこには人種やエスニシティに関する視点は欠落していること、フランスでは共和主義に基づく国民統合の理念を重視するため、エスニシティは埋没し、理念と実態の乖離が生じてきたという指摘がなされています。中東研究へのインプリケーションとしては、「階級意識レイシズムが交錯する都市貧困問題」、「階級からエスニシティ」へという視点の汎用性、エスニシティをめぐる建て前と本音の乖離、トランスナショナルに成立するコミュニティを分析するための視座の3点への言及がありました。

 三宅氏の報告は、「フランスにおける共和主義の文法とマイノリティの排除」というタイトルで、政治的な場で自らの主張を他者に受け入れてもらうには「共和主義」という共通の「文法」の枠内で行わないと許容されにくいという観点からの批評が行われました。フランスではカトリックを排除した共和主義のヘゲモニーが19世紀から確立しており、他国と比べてよりラディカルな政教分離が行われてきました。そのため「イスラム」をめぐる議論においても、公共の場での宗教行為はフランス共和制の理念に反するという主張が成立しやすく、エスニック・マイノリティの排除を正当化する方向へ問題のすり替えがなされるという指摘がなされました。

 中村氏の報告は、経済史的観点から行われました。その観点からすれば、本書は、都市形成の過程を網羅しており、歴史研究としても充実していることを示しました。そして、とりわけ移民政策史の視点から3つの指摘を行いました。1つ目は国家の役割に対する評価で先行研究が移民問題への政府の不介入を論じてきたのに対して、郊外の形成に国家が果たした役割は大きいと評価する点に本書の主張の一つがあると述べました。2つ目は都市政策におけるアクターに関する分析についてです。特に多様なアクター間の関係性に踏み込んで分析することも可能であるかもしれないということを指摘しました。3つ目は共和主義の建前と実態の乖離に関して、「乖離」には、国家としての理想と現実の乖離とエスニック・マイノリティの若者にとっての理想と現実の乖離という二重の意味があるという本書の指摘を紹介したうえで、移民政策研究においても、こうした指摘を補強するような議論がなされてきたことを示しました。

 水島氏の報告では、戦後ヨーロッパでは移民労働力が不可欠であり、フランスもオランダも公共住宅へ移民を受け入れるようになったが、そこにはフランスとは異なるオランダ的な特徴があるとしてアムステルダム郊外のベイルメールの事例を紹介しました。オランダでは白人中産階級を想定した郊外型都市空間の創出が行われたが、オランダ人には不評でスリナム系住民が増加し、また麻薬・犯罪などの問題が深刻化しました。1990年代から、それまでの大規模開発志向を転換し、住民と協議をしながら再生事業を行い、高層住宅を低層住宅群に置き換え、親しめる都市空間を創り出していきました。オランダとフランスの違いは、オランダでは再生計画にあたり政府が暴力的、強制的に住民を追い出すことはせず、住民の主体的な参加による地域再生が行われたことが紹介されました。

 4名の報告終了後、フランスの政治体制、特に地方自治体が果たす役割への着目、本書が実施した事例研究から引き出される普遍的な問題意識とは何だったのか、問題の本質はレイシズムなのか、格差なのかといった点に関し、参加者からさまざまな質疑と活発な議論が行われました。