公正社会研究会

千葉大学リーディング研究育成プログラム 未来型公正社会研究

第九回研究会について

第九回公正社会研究会が開催されました。

 

日時 2017年5月24日(水)

場所 人社研棟4階 共同研究室1

報告者 社会科学研究院 教授 大石亜希子氏

コメンテーター 社会科学研究院 教授 皆川宏之氏

報告テーマ 「ワーク・ライフ・バランスを考える-24時間7日間経済との関連から-」

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 2017年5月24日、第九回公正社会研究会を開催いたしました。今回は「ワーク・ライフ・バランスを考える-24時間7日間経済との関連から-」というテーマで、法政策実証班所属の社会科学研究院教授である大石亜希子氏が報告を行い、同・皆川宏之氏がコメンテーターを務めました。

 大石氏の報告は、経済のグローバル化、IT化に伴って、日中以外のイレギュラーな時間帯に働く人々が増加する中での労働政策のあり方を検討するものでした。初めにWLB概念の再考と「ワーク」、「ライフ」、「バランス」の各用語が具体的に何を意味するのかの検討がなされました。WLBに類似する概念や用語は多数存在するものの、経済学、社会学産業心理学などの分野による違いが大きいことや、「ワーク」と対立する領域として「ライフ」や「ファミリー」が用いられてきたことが指摘されました。2000年代中盤よりWLBという用語が広まる中、「ワーク」が有償労働を指すことは共通理解となる一方、「ライフ」が何を意味するのかに関しては見解が分かれています。経済学的には「ライフ」は余暇を意味するものの、ファミリーという要素を勘案すると「ライフ」の中には無償労働を始めとする家庭内生産も含まれ、必ずしも休息や余暇を意味しないこと、ファミリーがない人にとってのWLBとは何を指すのかは十分に議論されていないことが指摘されました。「バランス」については、産業心理学ではワークとライフが時間的・質的に均等であることが重視されますが、経済学では時間的な等しさは問題とならず、主体的な選択がなされることと効用最大化が重視されてきました。「バランス」をとる主体は個人ベースですが、社会保障制度などの社会制度は世帯ベースで設計されているため両者の間でミスマッチが生じること、個人ベースのWLBにおける負の外部性への指摘もなされました。さらにWLBを巡る政策では「バランス」を考える際の時間軸が整理されておらず、日本の場合はライフサイクルをベースとしたWLB施策に偏っているが、労働者の立場からは1日単位でWLBを実現するための施策の方が重要だという問題提起がされました。

 次に、24時間・週7日間経済が子育て中の労働者の働き方にどのような影響を与えているのについて、近年の労働政策の動向と共に検討がなされました。大石氏の報告では、24時間・週7日間経済は、労働者の健康や安全を脅かすだけでなく、親がWLBを実現できないことにより子どもの健康や生活にも影響を及ぼし、そうした影響はひとり親世帯でより顕著であることが指摘されました。日中以外の時間帯に働く労働者は男女を問わず増えてこと、また、母子世帯の母親は二人親世帯の母親よりもイレギュラーな時間帯に働いている割合が高いことが図とともに説明されました。3月に罰則付き時間外労働の上限規制に関する政労使合意がなされましたが、その実効性には疑問が残ること、雇用関係によらない働き方の推奨は「労働者」の定義を曖昧化すること、現在の日本では休息権を確立することが重要ではないかという論点が大石氏より提示されました。

 大石氏の報告を受け、コメンテーターの皆川氏からは労働法的な観点からWLBの考察がなされました。皆川氏からは、まず労働法におけるWLBとは女性の社会進出の遅れや少子化問題、男性の長時間労働の抑制といった課題への対応を束ねる概念であることが示されました。労働法では元来「ワーク」と「ファミリー」を重視し、「ライフ」の観点は弱かったが、2007年に成立した労働契約法では、労働契約が仕事と生活にも配慮して締結され、変更されるべきとする規定が盛り込まれたことが述べられました。次に労働時間規制とWLBの関係に目を向けると、労働基準法上の「労働者」では時間的な拘束性の有無が重視され、労働からの解放の保障が中心となっていること、使用者の指揮監督下で拘束される時間が長すぎないようにすることが労働法上の重要な課題であることが挙げられました。最後に大石氏の報告でも論点に挙がった罰則付き時間外労働の上限規制については、過労死の認定基準以下であったとしても心身を壊すケースは多々あること、労働時間の総量規制だけでは不十分であり勤務時間のインターバル制度や大石氏も主張した休息権の導入の必要性が主張されました。

 大石氏の報告と皆川氏のコメント後は、一定の労働時間を超えると労働生産性と効率性が下がることを論証できればインターバル制度や休息権の導入を推進できるのではないか、サービス経済への移行自体を止めることが困難な状況でフレックス化に伴う際限のない労働はいかにして防ぐことができるのか、男性の無償労働への参入、つまり「ライフ」活動への参加が増えない限りは女性の「ワーク」を巡る問題も解決しないのではないかといった多数の質問が挙がり、参加者との活発な議論が繰り広げられました。