公正社会研究会

千葉大学リーディング研究育成プログラム 未来型公正社会研究

第二回研究会について

第二回研究会が開催されました。

 日時 2016年2月10日(水)
    午後13時~午後2時30分

 場所 人社研棟4階・共同研究室1

    報告者 荻山正浩 先生(歴史動態班)

 報告テーマ 「戦前日本の経済発展と所得水準-農業生産の発展と実質賃金

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リーディング研究育成プログラム「未来型公正社会研究」第二回研究会

 

 2016年2月10日に、未来型公正社会研究第二回研究会を、千葉大学経済学会との共催で開催いたしました。今回は、「戦前日本の経済発展と所得水準-農業生産の発展と実質賃金-」というテーマで、歴史動態班所属の人文社会科学研究科教授、荻山正浩氏が報告を行いました。

 荻山氏の報告は、戦前(1890~1930年代)の日本における経済発展と所得格差との関係を検討することを中心的なテーマとし、具体的には、所得格差の縮小と所得水準の動向という二つの基準から、戦前の日本における経済発展に関する再評価を試みるものでした。同様のテーマに関する先行研究では、戦前の日本において労働者の実質賃金に上昇は見られず、顕著な所得格差があったことが指摘されてきました。今回の荻山氏の報告では、戦前の日本において、先行研究で指摘されてきた労働者間での顕著な所得格差という点は覆すことができないものの、当時の日本ではこれまで想定されてきた以上に農業生産が発展し、それに伴い労働者の所得水準の底上げが実現したということが明らかとなり、実質賃金の上昇という視点から従来の議論の見直しが必要であるとの指摘が行われました。

 上記の二つの基準から経済発展に関する評価を行ううえで、荻山氏が事例として取り上げたのは1890~1930年代の日本における農業労働者の実質賃金の動向です。戦前の日本は、家族で耕作を営む小規模な農家が全世帯の過半を占める小農社会であり、そこでは農業生産の動向によって実質賃金も変化するため、農業労働者の所得に光をあてることで、戦前の日本における労働者の実質賃金の動向を解明することが可能となるからです。

 小農は、農業収入が増えると、その収益を家族に配分して生活費を増やすことができるため、小農社会では、農業生産力の上昇が賃金上昇に結びつくことになります。こうした小農世帯の所得の上昇は、農村の労働者が工場などの非農業部門に出稼ぎに出ることへのインセンティブの低下につながるため、非農業部門の雇い主は労働力の確保のために賃金を上げざるを得ない状況に置かれます。したがって、農業部門における賃金上昇が、結果的に非農業部門の賃金上昇にもつながることになります。

 荻山氏によれば、従来の研究において当時の労働者の実質賃金が停滞していたと考えられてきた背景には、賃金データにおける地域差の視点の欠如と地域的な賃金動向という二つの理由が挙げられます。このうち前者については、実質賃金の停滞を主張する先行研究が用いてきた賃金データには、農業生産力が低く、また住み込みの農業労働者(農業年雇)数が多かった東北地方の賃金の動向が強く反映されている点が挙げられ、後者については、賃金動向には地域差があったものの、それでも実質賃金の上昇という傾向はいずれの地域にも共通して認められるとの指摘が行われました。

 以上、荻山氏の報告では、先行研究が主張する格差社会としての戦前日本の姿を認めつつも、実質賃金には上昇が見られたという点も考慮すべきであり、所得格差はあるとはいえ全体的な所得水準の底上げが実現したという点が指摘されました。

 荻山氏の報告の終了後、公正社会研究プロジェクトの中心的なテーマでもある、公正という観点において、所得格差の拡大と所得水準の上昇との関係をどのように評価するべきであるのかという点や、農業部門特有の米穀による現物支給という仕組みを実質賃金との関係でどのように考えるべきであるのかという点をはじめ、参加者からさまざまな質疑がなされ、活発な議論が行われました。

 次回、未来型公正社会研究第三回研究会は、法政策実証班所属の法政経学部教授、皆川宏之氏を報告者として、「合理と不合理の間─日本の非正規雇用法制を考える」をテーマに、2016年4月27日(水)14時30分より人社研棟4階共同研究室1にて実施予定です。