公正社会研究会

千葉大学リーディング研究育成プログラム 未来型公正社会研究

第四回研究会について

第四回公正社会研究会が開催されました。

 

日時 2016年6月8日(水)

   午後15時45分~18時

場所 法政経学部棟 第1会議室

報告者 法政経学部 教授  酒井啓子

          准教授 三宅芳夫氏

          准教授 中村千尋

          教授  水島治郎氏

報告テーマ 「ヨーロッパの『移民』問題から学ぶ:森千香子著『排除と抵抗の郊外』       を題材に」

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 2016年6月8日に未来型公正社会研究・第四回研究会を科研費(基盤A)「宗教の政治化と政治の宗教化」(研究代表者:酒井啓子千葉大学教授)と共催いたしました。今回は「ヨーロッパの『移民』問題から学ぶ:森千香子著『排除と抵抗の郊外』を題材に」というテーマで、法政経学部教授である酒井啓子氏、准教授である三宅芳夫氏、中村千尋氏、法政策実証班所属で法政経学部教授である水島治郎氏の4名が報告を行いました。

 始めに酒井氏より2016年2月に森千香子氏が出版した『排除と抵抗の郊外-フランス<移民>集住地域の形成と変容』というパリ郊外のオベールヴィリエ市における移民社会を取り扱った本書には、移民問題の枠を超えた広い含意があるので、本日の研究会では関連する分野を研究してきた4名による感想の共有と批判的考察を行いたいという趣旨説明がありました。 

 酒井氏の報告では、まず本書の主張はフランス生まれの移民2世を「移民」という名称で括ることに最大の問題であり、「移動してきた人」という側面を強調するあまり当事者が経験する困難を当事者自身に探ってしまうリスクを高めている、原因はフランス社会に根差す差別意識や排除の構造にあるはずだということが紹介されました。その上で本書の目的はこれまで「移民の統合問題」として扱われてきた問題を「エスニック・マイノリティへの差別・排除、その背後にあるレイシズム」の観点から再検討することにあることが述べられました。本書では都市と郊外の格差問題は労働者階級の問題だという主張は、フランスでは従来は左派が行ってきたけれども、そこには人種やエスニシティに関する視点は欠落していること、フランスでは共和主義に基づく国民統合の理念を重視するため、エスニシティは埋没し、理念と実態の乖離が生じてきたという指摘がなされています。中東研究へのインプリケーションとしては、「階級意識レイシズムが交錯する都市貧困問題」、「階級からエスニシティ」へという視点の汎用性、エスニシティをめぐる建て前と本音の乖離、トランスナショナルに成立するコミュニティを分析するための視座の3点への言及がありました。

 三宅氏の報告は、「フランスにおける共和主義の文法とマイノリティの排除」というタイトルで、政治的な場で自らの主張を他者に受け入れてもらうには「共和主義」という共通の「文法」の枠内で行わないと許容されにくいという観点からの批評が行われました。フランスではカトリックを排除した共和主義のヘゲモニーが19世紀から確立しており、他国と比べてよりラディカルな政教分離が行われてきました。そのため「イスラム」をめぐる議論においても、公共の場での宗教行為はフランス共和制の理念に反するという主張が成立しやすく、エスニック・マイノリティの排除を正当化する方向へ問題のすり替えがなされるという指摘がなされました。

 中村氏の報告は、経済史的観点から行われました。その観点からすれば、本書は、都市形成の過程を網羅しており、歴史研究としても充実していることを示しました。そして、とりわけ移民政策史の視点から3つの指摘を行いました。1つ目は国家の役割に対する評価で先行研究が移民問題への政府の不介入を論じてきたのに対して、郊外の形成に国家が果たした役割は大きいと評価する点に本書の主張の一つがあると述べました。2つ目は都市政策におけるアクターに関する分析についてです。特に多様なアクター間の関係性に踏み込んで分析することも可能であるかもしれないということを指摘しました。3つ目は共和主義の建前と実態の乖離に関して、「乖離」には、国家としての理想と現実の乖離とエスニック・マイノリティの若者にとっての理想と現実の乖離という二重の意味があるという本書の指摘を紹介したうえで、移民政策研究においても、こうした指摘を補強するような議論がなされてきたことを示しました。

 水島氏の報告では、戦後ヨーロッパでは移民労働力が不可欠であり、フランスもオランダも公共住宅へ移民を受け入れるようになったが、そこにはフランスとは異なるオランダ的な特徴があるとしてアムステルダム郊外のベイルメールの事例を紹介しました。オランダでは白人中産階級を想定した郊外型都市空間の創出が行われたが、オランダ人には不評でスリナム系住民が増加し、また麻薬・犯罪などの問題が深刻化しました。1990年代から、それまでの大規模開発志向を転換し、住民と協議をしながら再生事業を行い、高層住宅を低層住宅群に置き換え、親しめる都市空間を創り出していきました。オランダとフランスの違いは、オランダでは再生計画にあたり政府が暴力的、強制的に住民を追い出すことはせず、住民の主体的な参加による地域再生が行われたことが紹介されました。

 4名の報告終了後、フランスの政治体制、特に地方自治体が果たす役割への着目、本書が実施した事例研究から引き出される普遍的な問題意識とは何だったのか、問題の本質はレイシズムなのか、格差なのかといった点に関し、参加者からさまざまな質疑と活発な議論が行われました。

第三回研究会について

第三回研究会が開催されました。

 

日時 2016年4月27日(水)

           午後12時~午後13時20分

場所 人社研研究棟4階・共同研究室1

報告者 皆川宏之先生(法政策実証班)

報告テーマ「合理と不合理の間-日本の非正規雇用法制を考える」

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 リーディング研究育成プログラム「未来型公正社会研究」第三回研究会

 

 2016年4月27日に未来型公正社会研究第三回研究会を開催いたしました。今回は、「合理と不合理の間-日本の非正規雇用法制を考える」というテーマで、法政策実証班所属の法政経学部教授である皆川宏之氏が報告を行いました。

 皆川氏の報告は、公正な社会のあり方を検討していく題材として、近年の日本でも議論の対象となっている正規雇用非正規雇用の間の労働条件格差の是正を取り上げるものでした。具体的には、日本における雇用の現状を概観した上で、諸外国をモデルに非正規雇用に対する法規制のアプローチを類型化して整理し、日本での労働条件格差是正を指向する法制における「合理」と「不合理」をめぐる解釈に関する視座を提供しました。

 今回の皆川氏の報告では、まず、日本では特に1990年代後半以降、正規雇用が減少し、非正規雇用が顕著に増加していること、正規雇用非正規雇用の間では年齢別の賃金カーブならびに各種手当の支給状況に大きな差があること、非正規雇用に比べ正規雇用の賃金が高い理由は職場における責任の重さや中長期的な役割に関する期待が異なるからであることが各種の統計データから確認されました。次に、非正規雇用に対する法規制アプローチの在り方は、大きくアメリカ型とEU型の2種類に分類されることが提示されました。随意雇用原則を基本とするアメリカでは、正規・非正規の雇用形態に着目した差別禁止法制が特に存在しないのに対し、 EUでは典型雇用(無期、フルタイム、直接雇用)に対し非典型の雇用形態を理由とする不利益取扱いを禁ずる指令が出され、各国で国内法化されていることが述べられました。

 これを受けて、皆川氏からは、日本での非正規雇用に対する法規制アプローチは、近年、アメリカ型からEU型へ徐々に移行しているという指摘がなされました。日本の場合、以前は雇用形態に基づく差別を禁止する法規定が存在しませんでしたが、しかし、非正規雇用の増加に伴って法整備が徐々に進展し、1993年に制定されたパートタイム労働法は、当初、パート労働者の処遇改善を事業主の努力義務としていましたが、 2007年の改正時で通常の労働者と同視すべきパート労働者に対する差別的取扱いを禁止する規定、2014年の改正で全てのパート労働者に対する「不合理」な待遇の相違を禁止する規定が設けられました。また、2012年には労働契約法の改正により、有期契約労働者についても、無期契約労働者との間の「不合理」な労働条件の相違を禁止する規定が設けられています。すなわち、パート労働者や有期の契約社員と正社員との待遇の違いは、職務内容、人材活用の仕組み・運用を考慮したうえで「不合理」と判断されるものであってはならないとされたのです。

 こうした法規制アプローチへの解釈をめぐっては、(1)「合理的」な労働条件の差異とは何か、(2)「不合理」な労働条件の差異とは何かが論点となります。EUの場合は、労働条件の差異が「客観的」な理由によるか否かの2分法となるのに対し、日本の法制をめぐる議論では、労働条件の相違が①「合理的」である場合、②「合理的」とはいえないが「不合理」であるとまではいえない場合、③「不合理」と認められる場合の3分法がみられるところに特徴があるとされます。皆川氏によれば、この中間的な②は、日本における正社員の雇用慣行に基づく非正規雇用との労働条件格差を正当化するか、あるいは是正しようとするところに現れるものと整理されます。

 以上、皆川氏の報告では、日本において雇用形態による労働条件格差の是正に向けた法規制には一定程度の進展が見られるが、その具体的な解釈の適用については未だ判断基準の形成途中にあることが明らかになりました。特に「不合理と認められるものであってはならない」という文言の解釈をめぐっては、「合理」と「不合理」の二分法には収まりきらない範疇が存在する様子がみてとれました。

 皆川氏の報告終了後、ヨーロッパの判断基準である「客観的」と日本が用いる「合理的」の意味の違いは何であるのか、なぜヨーロッパと日本では異なる表現を用いるのか、「不合理」を立証する主体は誰であるのかという点をはじめ、参加者からさまざまな質疑がなされ、活発な議論がなされました。

 次回、未来型公正社会研究第四回研究会は、酒井啓子氏、水島治郎氏、中村千尋氏、三宅芳夫氏を評者に「『排除と抵抗の郊外』(森千賀子著)を読む」をテーマに2016年6月8日(水)16時30分より法政経学部第一会議室にて実施予定です。

国際シンポジウム開催のご報告

 2016年2月19日(金)に、千葉大学人社研棟2階マルチメディア会議室にて、未来型公正社会研究主催の国際シンポジウムを開催いたしました。

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 今回の国際シンポジウムは、未来型公正社会研究が今後“Chiba Studies on Global Fair Society”と題して開催する国際シンポジウムの第一回目にあたります。シンポジウムのテーマは、“International Symposium on Migration, Gender and Labour in East Asia”「東アジアにおける移民・ジェンダー・労働」であり、基調講演をはじめ2つのセッションの下で、海外からの招聘ゲスト4名を含む報告者ならびに討論者が登壇し、報告と質疑応答を含めすべて英語で行われました。 

 会場には、学内からは千葉大学徳久剛史学長、松元亮治理事、法政経学部酒井啓子学部長をはじめ、学外からの参加者を含め50名を上回る参加者が集い、充実した学術交流の場となりました。

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 徳久学長による式辞では、シンポジウムにご列席いただいた招聘者の先生方への歓迎の意が表されるとともに、昨年発足した未来型公正社会研究プロジェクトの研究活動への期待と、今回の国際シンポジウムを通じた各国の研究者間での学術交流の促進に対する期待が述べられました。

 徳久学長による式辞に次いで、未来型公正社会研究プロジェクトの推進責任者である法政経学部水島治郎教授より開会の挨拶が行われ、「公正」をキーワードに、社会科学のさまざまな学問分野から学際的な研究に取り組む本プロジェクトの紹介とともに、今回の国際シンポジウムのテーマである、「東アジアにおける移民・ジェンダー・労働」というテーマのこんにちの国際社会における意義が述べられました。

 

【プログラム】

 シンポジウムの進行は、以下のプログラムに沿って行われました。

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【基調講演の概要】

 まず、今回のシンポジウムの基調講演を務められたRaymond K H Chan氏の報告では、香港において、女性が子育てと高齢者の介護といういわゆるダブル・ケアに直面することが二重の負担となっている状況に関する言及がなされ、こうした状況において移民家事・介護労働者を雇用することが選択肢の一つとなっていることが指摘されました。

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 「東アジアにおける移民・ジェンダー・労働」をテーマとする今回のシンポジウムにまさにふさわしい基調講演であるとともに、超高齢社会の下で少子化問題と女性の活躍促進を課題とする日本の現状について考えるうえでも、多くの示唆を与える講演となりました。

 

【各報告の概要】

 基調講演後のセッションは、セッション1“Global Perspectives”とセッション2“Regional Perspectives”という二つのセッションを設けました。

 セッション1では、国立社会保障・人口問題研究所国際関係部部長、林玲子氏、ならびに九州大学大学院比較社会文化研究院准教授、小川玲子氏が報告を行い、ケアを中心とした部門における労働力移動の動向に関する考察や、東アジア地域全般におけるケア労働移民受け入れに関する分析が行われました。

 林氏の報告では、日本における外国籍人口が占める割合の現状や、出入国管理政策の動向、海外との社会保障協定締結の状況について言及することで、海外と比較した際の日本の外国籍人口の相対的少なさと社会保障協定の締結状況が十分でないことが指摘されました。こんにちの日本の外国人労働者としてとりわけ需要が高まっているケア労働移民についても、EPAのあり方、外国人労働者の権利保障のあり方など、今後も環境の整備が求められることが言及されました。

 小川氏の報告は、移民ケア労働者の受け入れには、ホスト国の出入国管理政策や外国人労働者の権利保障の仕組みを意味する“Migration Regime”と、ホスト国において、ケアを家族化/脱家族化しているか、専門性の高いサービスとして位置付けているか否か、といったケアの仕組みを意味する“Care Regime” の二つの分析軸によって検討することが必要であると指摘しています。

 セッション2では、国立陽明大学衛生福利研究所准教授、Li-Fang Liang氏、千葉大学政経学部教授、皆川宏之氏、千葉大学政経学部特任研究員、日野原由未氏、千葉大学政経学部教授、水島治郎氏が報告を行い、台湾、日本、ヨーロッパという特定の国や地域に着目した報告を行うことで、移民問題少子高齢化をめぐるケアとジェンダーに関する議論について、東アジア地域内部での国家間比較、あるいはアジアとヨーロッパの比較という、それぞれの視座が提供されました。

 Liang氏の報告では、1992年の導入以降急激に増え続ける台湾の移民ケア労働者の受け入れ政策の仕組みとその背景に関する言及が行われました。台湾では、ケア労働の担い手不足の処方箋として、住み込みの移民ケア労働者を受け入れ、家庭でのケアの維持が図られています。高齢化、女性の労働市場参入、核家族化など、日本と同様の社会状況にある台湾におけるこうした選択は、日本の現状を考えるうえで多くの示唆に富んでいます。

 皆川氏の報告では、日本における正規/非正規労働の格差について、ジェンダーの視座も交えた分析が行われました。日本型雇用システムの下では,女性の就労はいわゆるM字型就労となり、非正規労働の中心を占めるパートタイム労働の多くが女性によって担われ、正規労働との間に明確な労働条件の格差が存在します。こうした正規/非正規の格差是正に対し、昨今の労働法制の整備が果たす役割についても指摘されました。

 日野原・水島両氏による報告では、イギリス、オランダというヨーロッパの国における移民に光をあて、イギリスにおける技能移民の積極的な受け入れと、オランダにおける移民に対する規制の強化という、対照的な包摂と排除の現象が指摘されました。東アジアを主たる対象とした今回のシンポジウムに対して、ヨーロッパの事例を紹介することで、比較の視座を提供しました。

 

【質疑の概要】

 両セッションの終了後には、討論者からのコメントと質疑をはじめ、会場からの質疑に報告者が答える時間も設けられました。セッション1では、両報告でとりあげられたEPAについて、EPAの下での看護師資格取得の難易度の高さから、人材の確保につながるのか、といった問などが挙げられ、徳久学長からも外国人看護師の受け入れについて英語でご質問いただき、報告者との間で活発な議論が行われました。セッション2では、台湾、日本、ヨーロッパという個別の地域や国に関して、各報告内容をより掘り下げた質疑が行われました。

 

【国際シンポジウムの関連行事】

 今回の国際シンポジウムの開催に合わせて、本シンポジウムのオーガナイザーである大石亜希子教授を中心に、今回のテーマである「東アジアにおける移民・ジェンダー・労働」と関連する研究成果の国際発信に関する会議が開かれました。

 この会議では、国内外ゲストの間で今後のさらなるグローバルな研究ネットワークの形成について議論が行われるとともに、数年後に、今回のシンポジウムのテーマをより発展させた国際シンポジウムを開催することについても検討されました。

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 シンポジウム終了後には、けやき会館のコルザにて懇親会を行い、シンポジウムの登壇者、未来型公正社会研究メンバーを中心に参加者が集いました。

 

【募金額のご報告】

 東アジア地域をテーマとした今回のシンポジウムでは、海外招聘ゲストもお越しいただいた台湾で2月6日に発生した地震被災者の方々へのお見舞いと一日も早い被災地の復興を祈念して「2016年台湾地震救済募金箱」を設置させていただきました。皆様からお寄せいただいた募金総額は7,000円となりました。多くの皆様からご支援・ご協力を賜りありがとうございます。皆様からお預かりした募金は、日本赤十字社を通じて2016年台湾地震救援金として寄付いたしました。

 

【今後の国際シンポジウム開催予定】

 未来型公正社会研究では、 2016年11月に国際シンポジウム“Chiba Studies on Global Fair Society”の第2回目の開催を予定しています。詳細については、決まり次第本ブログでお知らせいたします。

 

第二回研究会について

第二回研究会が開催されました。

 日時 2016年2月10日(水)
    午後13時~午後2時30分

 場所 人社研棟4階・共同研究室1

    報告者 荻山正浩 先生(歴史動態班)

 報告テーマ 「戦前日本の経済発展と所得水準-農業生産の発展と実質賃金

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リーディング研究育成プログラム「未来型公正社会研究」第二回研究会

 

 2016年2月10日に、未来型公正社会研究第二回研究会を、千葉大学経済学会との共催で開催いたしました。今回は、「戦前日本の経済発展と所得水準-農業生産の発展と実質賃金-」というテーマで、歴史動態班所属の人文社会科学研究科教授、荻山正浩氏が報告を行いました。

 荻山氏の報告は、戦前(1890~1930年代)の日本における経済発展と所得格差との関係を検討することを中心的なテーマとし、具体的には、所得格差の縮小と所得水準の動向という二つの基準から、戦前の日本における経済発展に関する再評価を試みるものでした。同様のテーマに関する先行研究では、戦前の日本において労働者の実質賃金に上昇は見られず、顕著な所得格差があったことが指摘されてきました。今回の荻山氏の報告では、戦前の日本において、先行研究で指摘されてきた労働者間での顕著な所得格差という点は覆すことができないものの、当時の日本ではこれまで想定されてきた以上に農業生産が発展し、それに伴い労働者の所得水準の底上げが実現したということが明らかとなり、実質賃金の上昇という視点から従来の議論の見直しが必要であるとの指摘が行われました。

 上記の二つの基準から経済発展に関する評価を行ううえで、荻山氏が事例として取り上げたのは1890~1930年代の日本における農業労働者の実質賃金の動向です。戦前の日本は、家族で耕作を営む小規模な農家が全世帯の過半を占める小農社会であり、そこでは農業生産の動向によって実質賃金も変化するため、農業労働者の所得に光をあてることで、戦前の日本における労働者の実質賃金の動向を解明することが可能となるからです。

 小農は、農業収入が増えると、その収益を家族に配分して生活費を増やすことができるため、小農社会では、農業生産力の上昇が賃金上昇に結びつくことになります。こうした小農世帯の所得の上昇は、農村の労働者が工場などの非農業部門に出稼ぎに出ることへのインセンティブの低下につながるため、非農業部門の雇い主は労働力の確保のために賃金を上げざるを得ない状況に置かれます。したがって、農業部門における賃金上昇が、結果的に非農業部門の賃金上昇にもつながることになります。

 荻山氏によれば、従来の研究において当時の労働者の実質賃金が停滞していたと考えられてきた背景には、賃金データにおける地域差の視点の欠如と地域的な賃金動向という二つの理由が挙げられます。このうち前者については、実質賃金の停滞を主張する先行研究が用いてきた賃金データには、農業生産力が低く、また住み込みの農業労働者(農業年雇)数が多かった東北地方の賃金の動向が強く反映されている点が挙げられ、後者については、賃金動向には地域差があったものの、それでも実質賃金の上昇という傾向はいずれの地域にも共通して認められるとの指摘が行われました。

 以上、荻山氏の報告では、先行研究が主張する格差社会としての戦前日本の姿を認めつつも、実質賃金には上昇が見られたという点も考慮すべきであり、所得格差はあるとはいえ全体的な所得水準の底上げが実現したという点が指摘されました。

 荻山氏の報告の終了後、公正社会研究プロジェクトの中心的なテーマでもある、公正という観点において、所得格差の拡大と所得水準の上昇との関係をどのように評価するべきであるのかという点や、農業部門特有の米穀による現物支給という仕組みを実質賃金との関係でどのように考えるべきであるのかという点をはじめ、参加者からさまざまな質疑がなされ、活発な議論が行われました。

 次回、未来型公正社会研究第三回研究会は、法政策実証班所属の法政経学部教授、皆川宏之氏を報告者として、「合理と不合理の間─日本の非正規雇用法制を考える」をテーマに、2016年4月27日(水)14時30分より人社研棟4階共同研究室1にて実施予定です。

国際シンポジウム詳細のご案内

2月19日に行われる国際シンポジウムの招聘者とプログラムが決定しましたので、お知

らせいたします。

 

千葉大学リーディング研究育成プログラム「未来型公正社会研究」主催

国際シンポジウム「東アジアにおける移民、ジェンダー、労働」

-International Symposium on Migration, Gender and Labour in East Asia-
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日 時: 2016年2月19日(金)午後2時~5時

場 所: 千葉大学人文社会科学研究科 総合研究棟2階
     マルチメディア会議室(西千葉キャンパス)

最寄駅: JR総武線「西千葉駅」徒歩8分、京成千葉線みどり台駅徒歩5分

※事前登録不要・入場無料
※使用言語・英語(通訳なし)

国際間の労働移動が活発化する中、東アジア諸国では高齢化に伴う介護ニーズの高ま

りを受けて移民ケア労働者が増加しつつあります。

日本においても一部において家事・育児・介護などの分野で外国人労働者の受け入れ

を広げる動きが生じつつあります。

移民ケア労働者の存在は、その社会における家族のあり方や女性の社会経済的地位と密

接に結びつくとともに、正規・非正規労働者間の格差など、労働市場の問題とも関連し

ています。

本国際シンポジウムでは海外の経験を踏まえて「公正社会」がどのようにして移民労働

者の問題に取り組むべきかを議論します

ご関心ある方は奮ってご参加ください。事前登録不要です。

 

<海外招聘者>

1.   Lih-Rong Wang (王麗容・国立台湾大学社会福祉学部教授)

      社会政策ジェンダー http://ntusw.ntu.edu.tw/english/lih-rong-wang/

2.   Raymond KH Chan (陳國康・香港市立大学応用社会学部准教授)

      社会政策ジェンダー http://www6.cityu.edu.hk/stfprofile/raymond.chan.htm

3.   Li-Fang Liang (梁莉芳・国立陽明大学衛生福利研究所准教授)

       社会学ジェンダー http://www.ym.edu.tw/ihw/eng/Li-Fang%20Liang.htm

4.   Ju-Hyun Kim (金珠賢・国立忠南大学准教授)社会学・人口学

5.   Hong-Ju Pak (国立西江大学非常勤講師)女性学

 

<国内参加者>

1.    林 玲子氏(国立社会保障・人口問題研究所国際関係部長)人口学

2.    小川玲子氏(九州大学アジア総合政策センター准教授)

   社会政策・移民・福祉国家

3.    石戸 光(千葉大学政経学部教授)国際経済学

4.    水島治郎(千葉大学政経学部教授)ヨーロッパ政治学

5.    皆川宏之(千葉大学政経学部教授)労働法

6.    日野原由未(千葉大学政経学部特任研究員)政治学・福祉国家

7.    大石亜希子(千葉大学政経学部教授)労働経済学・社会保障

 

<プログラム>

2:00 pm  Opening remarks: Jiro Mizushima, Chiba University

2:10 pm  Keynote lecture:Lih-Rong Wang, National Taiwan University

  “The Well-being of Migrant Domestic Workers in Taiwan from Social Inclusion  

   Perspective”

Session 1 Global Perspectives Chair: Raymond K H Chan, City University of Hong Kong

2:30 pm  Reiko Hayashi, National Institute of Population and Social Security Research   

  “A Perspective on International Migration: Is There Any Japanese Model?”

3:00 pm  Reiko Ogawa, Kyushu University

  “Intersection among Migration, Care Regimes, and Employment Regimes in East Asia”

Discussant: Ju-Hyun Kim, Chungnam National University

3:30 pm  Break Session 2 Regional Perspectives Chair: Hikari Ishido, Chiba University

3:50 pm  Li-Fang Liang, National Yang-Ming University

  “The Solution for Care Crisis? Migrant Care Labor Policy in Taiwan”

4:10 pm  Hiroyuki Minagawa, Chiba University

  “ Recent Employment Situation and Legislation in Japan”

4:40 pm  Jiro Mizushima and Yumi Hinohara, Chiba University

  “ Immigration and Welfare State Reforms in Western Europe: Exclusion and Inclusion”

Discussant: Hong-Ju Pak, Sogang University

5:10 pm  Concluding remarks:  Akiko S. Oishi, Chiba University

 

<問い合わせ先>

千葉大学政経学部 公正社会研究会 事務担当 登尾(のぼりお)

電話 : 043-290-2374

FAX : 043-290-2386

E-mail :leading-21@chiba-u.jp

 

 

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国際シンポジウム開催について

-International Symposium on Migration, Gender and Labour in East Asia-

日時 2016年2月19日(金)午後2時~5時

場所 千葉大学人文社会科学研究科 総合研究棟2階 マルチメディア会議室(西千葉キャンパス)

※予約不要・入場無料

 

 未来型公正社会研究では、“Chiba Studies on Global Fair Society”と題して、今後、国際シンポジウムを開催していきます。第一回国際シンポジウムは、「移民、ジェンダー、労働」をテーマとして2月19日(金)に開催します。

 国際間の労働移動が活発化する中、東アジア諸国では高齢化に伴う介護ニーズの高まりを受けて移民ケア労働者が増加しつつあります。日本においても一部において家事・育児・介護などの分野で外国人労働者の受け入れを広げる動きが生じつつあります。  

 移民ケア労働者の存在は、その社会における家族のあり方や女性の社会経済的地位と密接に結びつくとともに、正規・非正規労働者間の格差など、労働市場の問題とも関連しています。本国際シンポジウムでは海外の経験を踏まえて「公正社会」がどのようにして移民労働者の問題に取り組むべきかを議論します。

 

第一回研究会について

第一回研究会が開催されました。

 日時 2015年12月9日(水)
    午後12時30~午後2時

 場所 人社研棟4階・共同研究室1

    報告者 川瀬貴之 先生(公共思想班)

 報告テーマ 「自由・平等・公正をめぐる問題設定の一例」

 

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リーディング研究育成プログラム「未来型公正社会研究」第一回研究会

                                                                                                                            文責者

                                                                                                特任研究員 日野原由未

 

 2015年12月9日、千葉大学人社研棟共同研究室1にて、第一回公正社会研究会が開催されました。報告者は、千葉大学政経学部准教授、川瀬貴之氏であり、報告テーマは、「自由・平等・公正をめぐる問題設定の一例」です。

 川瀬氏からは、自由、平等、公正について、法哲学の見地からの報告が行われました。まず、自由については、各人がある行為に対して他者からの干渉を受けないことを意味する消極的自由が、自由という規範にとって重要であることが説明されました。このように自由をとらえると、新自由主義市場経済に対する批判は、自由という規範そのものに対する批判というよりも、その過程で生じる搾取の構造や分業の進展による生産活動の意味や意義からの疎外に対する批判ということがいえます。したがって、新自由主義批判は、自由をめぐる問題というよりも、むしろ正義や公正をめぐる問題であることが指摘されました。

 つぎに、平等については、機会の平等論と結果の平等論にはじまり、“Luck Egalitarianism” によって平等論と責任論との関係が指摘され、さらに、ウォルツァーの複合的平等論の観点からも平等とは何かということが検討されました。川瀬氏からは、人間の本質である差異に対して、どこまで平等という規範をもちこむべきであるのかという点が平等をめぐる課題であり、こうした課題があることが、平等という規範を現実の制度に結びつけることの難しさにもつながるということが指摘されました。

 最後に公正については、正しさを主観と客観のどちらでとらえるべきであるのかということが説明されました。これは、個人の主観を超越した客観的なところに正しさという規範があるのか、あるいは人の評価や時代や文化の変化によって正しさは変化するのか、という議論につながる問題提起となります。「未来型公正」を掲げる本リーディング研究育成プログラムにおいて、公正という規範をどちらの立場でとらえるのかという点は、重要な問題設定となります。

 以上の川瀬氏の報告について、報告後の討論では改めてそれぞれの規範に対する共通認識を確認したうえで、とりわけ公正について、環境によって変化する相対主義的な立場で理解する場合、どの範囲に相対性を位置づけるのかという点で活発な議論が行われました。

 以上、第一回目の研究会である今回は、川瀬氏の報告によって、本リーディング研究育成プログラムが取り組む「未来型公正」とは何かということが、自由、平等、公正の概念布置の整理によって検討されました。